第三夜
こんな夢をみた。
腰を下ろして、砂に沈みゆく太陽を独り静かに眺めていると、カランカランと澄んだ鈴の音が幾つも重なって聞こえてきた。ゆっくりと、私は後ろを振り向いた。長く、すーっと伸びた私の影先に、羊飼いの少年が10頭ほどの羊を連れて立っていた。近くに集落があるという。
ミフターフ、と名乗るその少年に導かれ、私は砦に囲まれた集落へと足をすすめた。小さな集落で、薄暗くなる中、ぽつりぽつりと小さな窓から光が洩れている。とある家の前まで来ると、羊飼いは「今夜は、ここに泊まると良いでしょう。私は羊たちの寝床の準備しないといけません。」と告げて、裏の方へと歩いていった。
土壁で囲まれたやや広めの部屋。私は、そこで疲れ切った表情の夫婦と対面していた。彼女は、私にミントの香りのするお茶を差し出した。立ち上がる湯気が重々しい空気に吸い込まれていく。
「なぜ、お二人とも辛そうな表情をしているのですか。」
「先週、私達の一人息子が亡くなったのです。」と、彼が口を開いた。彼の額には深い皺が1本刻み込まれていた。その皺を更に深くして、彼は続けた。
「あの子は、死を運ぶ蚊にやられたんです。私は、医者として、これまで多くの村人を助けてきました。なのに、自分の息子を救うことはできませんでした。情けないものです。」
私は応えた。
「あなた方に言っておく。あなた方は一生懸命やりました。あなた方が慈しみの感情を持って看病したのを私は知っています。あなた方の慈しみの感情、思いやりは、十分に息子さんに届きました。大切なのは、その過程であって、結果ではありません。結果は、あなた方が望んだものではなかったかもしれません。しかし、息子さんが感じたのは、結果ではありませんでした。そこに至るあなた方の行為を感じたのです。」
「ありがとう。私は、自分の仕事に誇りを持っています。息子が死んでから、何もする気が起きませんでした。でも、待ってくれる人たちがいるのを、私は知っています。明日から、また彼らの顔を見に行こうと思います。」
彼が話し終わると、彼女が続けた。
「あの子が逝ってしまって、もう枯れたかという程に涙したのに、涙は涸れないものですね。」
大粒の涙が彼女の頬を伝う。彼女は立ち上がり、奥の部屋に行った。暫くの間、嗚咽が洩れていたが、そのうちスースーという寝息に変わった。私達も、寝ることにした。ひんやりとした床に横になる。夜のとばりの中、二人の息づかいだけが聞こえてくる。彼らの安寧を想い、私も眠りについた。
翌朝、コトコトと朝食の支度をする音で目が覚めた。何となく、彼女の表情が穏やかに見えた。私と目が合うや、彼女が口を開いた。
「昨晩、不思議な夢を見ました。あの子が夢の中に出てきたのです。羊と一緒でした。そして、こう言いました。
『ママ、そんなに悲しまないで。僕がママを選んだんだよ。僕の魂が、若くして亡くなるという人生を、ママとパパを通じて選んだんだ。パパとママの魂は、このことを、ずっと前から知ってたんだよ。』
ほんとに不思議な夢でした。ミフターフが夢に出てくるなんて一度もなかったのに。」
「それは良い夢を見ましたね。」私は、ニッコリと微笑んだ。
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