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夢十夜 ~ 第4夜

第四夜

 最後に夢を見てから、次の夢を見るのはいつだろうかと心の片隅で焦がれていた。時は静かに移ろふ。そして時はそっと包み込む。こんな夢をみた。

私は風になって砂漠を渡っていた。暫くの間、鳥たちをナイルの南へと運んでいたが、眼下に古めかしい修道院を見つけた。人の話し声を耳にしたので、私は鳥たちにさよならを告げ、そこに降り立つことにした。

ぎらぎらと照りつける太陽が石造りの修道院をゆらゆらと見下ろす。私は、気付かれないようにそっと中に忍び込んだ。二人の修道士が、古びた長椅子に腰掛けて議論を交わしているのを見た。

暗くひんやりとした空気に身をなじませつつ、私はコプト語を操る二人の修道士の声に耳をそばだてた。二人の声だけが堂内に響き渡る。

「私が常々疑問に感じているのは、主の教えはひとつであるはずなのに、なぜこうも教義の解釈に違いが出てくるのかということです。先の公会議で、私たちの教派はローマの主流派教会と完全に決別したそうですね。」

「トマス、それはなかなか難しい問いかけだと思うけれど、しっかりと向き合わないといけない問題のような気がする。私もその手のことは幾度となく自問してきたんだ。そのカルケドンで行われた公会議には、われわれの司教様も出席されたのは知ってると思う。司教様は『あぁ、この状況を主は予見しておられたのであろうか?』と深いため息をついておられた。」

「公会議では、主イエス・キリストの本性が最大の議題でしたよね。キリストは神性と人性という二つの本性を、唯一の位格(いかく、ペルソナ)の中に併せ持つという教義が採択されたと聞きます。私たちの教義は、これとそう変わらないと思うのですが、一体何が袂(たもと)を分かつ原因だったのでしょう。私は、神性と人性という二つの完全な本性が不可分に唯一のものとして存在するというふうに理解しています。シメオンはどうお考えですか。」

「正直なところ、私には分からない。少なくともわれわれの教義とカルケドンで採択された信条とに大きな差異はないと思うけどね。単に同じものを違う切り口で見ているだけなのではないかと。何となく、先の公会議では結論を急ぎすぎた感があるし、もっと言えば先に結論ありきで純粋に宗教的な話し合いから逸れてしまったのではないかと感じている。」

「それは政治的な何かですか? 」

「それは何とも言えないけれど、結果として、我々は主流派から離反したような形になってしまった。」

「彼ら主流派からすれば、私たちは異端ということになるのでしょうか?」

「彼らの定義に従えばそういうことになるかもしれない。ただ、トマスよ、それは彼らの判断であって相対的なものだ。何が正統で何が異端であるか、主がそのような区別をされるだろうか。確かに主の教えはひとつであった。だが、主の言葉を世界に広めたのは、イエス・キリストを信じ、彼の教えを口伝(くでん)した人々だ。かつて、この地に聖マルコが主の教えを広めにやってきた。そして、主の教えは、聖マルコの解釈をもって彼の口から語られた。ここで大事なのは、主はわれわれ人間に自由意志というものを与えてくださったということだ。主の御言葉が、さまざまな形をもって語られるであろうことは、主は十分に予見され、そしてそれを良しとされたのではないだろうか。」

「つまり、色々な教義が入り乱れる状況を、主は予見されていたと。」

「そういうことになるかもしれないね。そして、どの教義が正統であるかなんてことは、われわれが判断すべきではないのではないのだろう。主は、われわれが主に心を向けて、主のように完全なものであろうとする限りにおいて、どのような教義でも受け容れてくださるに違いない。」

「その考えでいけば」とトマスは、身を乗り出して続けた。

「私たちの信仰告白は、父と子と聖霊という3つの位格が一体であるという三位一体を中心の教義としていますよね。歴史的には、そうでない教義は異端として退けてきました。もしかしたら、それは間違ったことなのでしょうか。」

「三位一体という教義が信仰を強くするのであれば、それで良いだろうし、また、三位一体という教義がなくても信仰を実践できるのであれば、それはそれで良いのかもしれないね。要は、われわれの自由意志次第だ。われわれが異端とするところの教義を主は異端とされるだろうか。私にはそうは思えない。主はどのような形態をも受け容れてくださるだろう。」

「司教様が耳にしたら、きっと驚かれるでしょうね。」

「確かにね。最近思うんだが、私にとって大切な認識というのは、かつて主イエス・キリストが確かに生きた時代があって、主の御言葉を語ったという事実なんだ。私にとってはそれで十分だ。かつて、主イエスも同じ月を見て、同じ太陽を見ていたというその事実だけで何となくほっとした気持ちにさせてくれる。」

「では磔刑や復活は?」

「私はそういう出来事が実際にあったと信じるけれど、仮にそんな事実はなかったと主張する人たちが現れたとしてもあまり驚かないかもしれない。」

「私はこれまで教義というものに疑問を抱かず、当たり前のこと、正しいこととして受け容れて来たので、シメオンの考えを聞いて少しばかり動揺しています。」

「まぁそうだろうね。でも、これは現時点での認識だし、これから先、変わるかもしれない。ただ、主と向き合って自分が正しいと思うことを実践すれば主は受け容れてくださるだろう。このところ、私は、判断に迷ったときは、主イエスならどのように判断されるだろうか、ということを考えて行動するようにしている。こうやって行動すると何だか頼もしい感じがする。ちょっと大げさに言えば、この瞬間、私は、神と一対一で対話している気分になる。」

「『神との対話』ですか。それは興味深いですね。」

私は、その場を離れることにした。再び、じりじりと照りつける太陽に向かって私は上昇を始めた。下にゆらめく修道院は徐々にその姿を小さくしていったが、彼らの話し声は暫く私の耳に届いていた。

「ほら、今、風がわれわれの頬を吹き抜けたろう。この風のように、心地よいそよ風が誰にでも吹くように、主の息吹は、どんな者にも分け隔てなく吹き込んでくるし、その息吹によって枯れることはない。そして主の御言葉が永遠に立つというのならば、それによって生かされるわれわれの魂もまた永遠なのかもしれない。」

・・・第五夜に続く

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― by まーちん @ 04:00 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

夢十夜 ~ 第3夜

第三夜

こんな夢をみた。

腰を下ろして、砂に沈みゆく太陽を独り静かに眺めていると、カランカランと澄んだ鈴の音が幾つも重なって聞こえてきた。ゆっくりと、私は後ろを振り向いた。長く、すーっと伸びた私の影先に、羊飼いの少年が10頭ほどの羊を連れて立っていた。近くに集落があるという。

ミフターフ、と名乗るその少年に導かれ、私は砦に囲まれた集落へと足をすすめた。小さな集落で、薄暗くなる中、ぽつりぽつりと小さな窓から光が洩れている。とある家の前まで来ると、羊飼いは「今夜は、ここに泊まると良いでしょう。私は羊たちの寝床の準備しないといけません。」と告げて、裏の方へと歩いていった。

土壁で囲まれたやや広めの部屋。私は、そこで疲れ切った表情の夫婦と対面していた。彼女は、私にミントの香りのするお茶を差し出した。立ち上がる湯気が重々しい空気に吸い込まれていく。

「なぜ、お二人とも辛そうな表情をしているのですか。」

「先週、私達の一人息子が亡くなったのです。」と、彼が口を開いた。彼の額には深い皺が1本刻み込まれていた。その皺を更に深くして、彼は続けた。

「あの子は、死を運ぶ蚊にやられたんです。私は、医者として、これまで多くの村人を助けてきました。なのに、自分の息子を救うことはできませんでした。情けないものです。」

私は応えた。

「あなた方に言っておく。あなた方は一生懸命やりました。あなた方が慈しみの感情を持って看病したのを私は知っています。あなた方の慈しみの感情、思いやりは、十分に息子さんに届きました。大切なのは、その過程であって、結果ではありません。結果は、あなた方が望んだものではなかったかもしれません。しかし、息子さんが感じたのは、結果ではありませんでした。そこに至るあなた方の行為を感じたのです。」

「ありがとう。私は、自分の仕事に誇りを持っています。息子が死んでから、何もする気が起きませんでした。でも、待ってくれる人たちがいるのを、私は知っています。明日から、また彼らの顔を見に行こうと思います。」

彼が話し終わると、彼女が続けた。

「あの子が逝ってしまって、もう枯れたかという程に涙したのに、涙は涸れないものですね。」

大粒の涙が彼女の頬を伝う。彼女は立ち上がり、奥の部屋に行った。暫くの間、嗚咽が洩れていたが、そのうちスースーという寝息に変わった。私達も、寝ることにした。ひんやりとした床に横になる。夜のとばりの中、二人の息づかいだけが聞こえてくる。彼らの安寧を想い、私も眠りについた。

翌朝、コトコトと朝食の支度をする音で目が覚めた。何となく、彼女の表情が穏やかに見えた。私と目が合うや、彼女が口を開いた。

「昨晩、不思議な夢を見ました。あの子が夢の中に出てきたのです。羊と一緒でした。そして、こう言いました。
『ママ、そんなに悲しまないで。僕がママを選んだんだよ。僕の魂が、若くして亡くなるという人生を、ママとパパを通じて選んだんだ。パパとママの魂は、このことを、ずっと前から知ってたんだよ。』
ほんとに不思議な夢でした。ミフターフが夢に出てくるなんて一度もなかったのに。」

「それは良い夢を見ましたね。」私は、ニッコリと微笑んだ。

・・・第四夜に続く

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― by まーちん @ 09:08 pm commentComment [4] pingTrackBack [0]

夢十夜 ~ 第1夜

第一夜

こんな夢をみた。

私は、ゆっくりとゆっくりと降下していった
およそ目に映るすべてのものが静寂に包まれている
青白い月明かりが、私の身体(からだ)を淡く染める
砂漠を渡るそよ風が頬をやさしく撫でる
あぁ私は、かつて味わったことがある、そう遙か遙か遠い昔
涙が頬を伝い
はるか足元のオアシスへと滴り落ちる

私は、そっとオアシスの傍に降り立った
時折吹く風がカサカサと椰子の木々を鳴らし
水面(みなも)に小さなさざ波を立てる
漠寂(ばくじゃく)とした空気に魚達の寝息を聞く

私は、ひんやりとした砂の上に身を置いた
伸ばせば届きそうな星達
彼らは、音も立てず、瞬くことなくそこにいた
ふと、乾いた月の光が、私の瞳をのぞき込む
あぁ、月になら、私の胸の内を悟られても良い
お前は、何億年も前から私を見ていたのだから

・・・第二夜に続く

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― by まーちん @ 05:53 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

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