住んでるアパルトマンから歩いて数分のところにトリニテ教会がある。その教会を正面にして右の通りを進み、最初の角を左に曲がる。そして細い坂道をちょいと登るとギュスタヴ・モロー(Gustave Moreau)美術館を右手を見る。パリでは、第一日曜日は無料の美術館が多く、Cadetにあるビオ(有機農作物)が主体のイングリッシュカフェでお昼を取った後、立ち寄ることにした。
フランスの象徴主義の先駆者とされるモロー
は、死去する前年の1897年での遺書で、個人邸宅と中に含む一切を美術館設立のために国に遺贈するという伝言を遺した。1903年の元日にオープンした国立ギュスタヴ・モロー美術館は、世界初の個人画家の美術館で、いわばオレオレ美術館の先駆けと言えよう。
20世紀初めにオープンした美術館であったが、彼の作風が保守的と見なされたせいか、人の足は急速に途絶え館内は閑古鳥が鳴いていたらしい。モローの芸術が再評価され出したのは、せいぜい80年代後半からだという。
日本人の来館が多いせいか、仏語・英語に加え日本語の案内が用意されている
個人邸宅といっても何階もあり、部屋もたくさんあって広い広い。アトリエも兼ねていたんだろうけど。
螺旋階段からのショット。このときはまだ閑散としていたが、すぐに混雑しはじめた。
この手のラインを数多く描いているけれど、この線はデザイナーの
天野 喜孝
氏の
作品
を想起させる。天野 喜孝氏は、モローのことが大好きなんじゃないかと推測してしまう。
上手いのか下手なのか判断に迷う習作が多いが、これは好きだった。
この絵は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『東方三博士の礼拝
』を思い出すなぁ。こちらも未完。
これは旧約聖書からの題材。出エジプト記3章に次の文章がある。
神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」
この時、モーゼは80歳。画中の蒼白な顔に角を2本はやしたようなじいさんがそうだ。ちなみに、モローは、赤子のモーゼにも角(のようなもの)を2本生やしている。彼なりの後光の表現なのだろうか。
『出現』。水彩画らしい。なんかオルセー美術館で見たような気がしないでもない。サロメと洗礼者ヨハネ(の首)。
同じく『ユピテルとセメレー』(部分)。よう、これだけ緻密に書き込むものだ。
私は神しか信じていない。手に触れるものも、目に見えるものも信じない。目に見えないもの、ただ感じているものだけを信じている。
- —ギュスターヴ・モロー
パリ
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