自分は、睡眠中に色々な夢を見ていて、ほとんどは目が覚めた時は覚えていても、暫くすれば「あれっ、どんな夢を見たんだっけ?」と忘れてしまうことが多い。なので、ほんとは、起きてすぐ枕もとのノートに夢の内容をメモしておくのが良いのだろうけれど。
普段、怖い夢やびっくりする夢を見ることはないけれど、昨日久しぶりにびっくりする夢をみた。それで「わぉっ」って声を出して目が覚めたからなぁ。その後、また寝て続きを見ようと思ったけれど、今回その試みは失敗した。
どんな夢だったかというと、時代は現在で、自分は出勤中なのか鉄道か何かの駅プラットホームにいて、どこかに向かっているという設定だ。これが普通のプラットホームではなくて、いくつかのホームが並行して動く歩道みたいに動いていて、またモノレールみたいな現代的な電車もいくつか同時にプラットホームに入っていくるから、一体どれに乗ればいいんだろうかと迷ってしまう。周りの人たちは、ひょいっと飛び乗るように動く電車に乗り込んでいく。確か以前も同じような夢を見たなぁ、これには何か意味があるのかと思いながら、これじゃ間に合わないなぁ、とあせっている自分。そうこうしているうちに、設定は、少女を探しているか、追っているという場面になっていた。どんな少女なのかは分からない。自分は刑事のようだ。それで、この辺りだろうと来た場所は、八女の実家の、高校生ぐらいまで使っていた自分の部屋だった。
ぱっと部屋を一瞥した限りでは女の子の姿はない。うーん、どこだろうと思っていると押入れの中から、ピロリロリンッと携帯と思われる着信音が。ははーん、そこに隠れているんだなと押入れをガッと開ける。自分の目線にはいなくて、ちょいと視線を上にそらすと、折りたたまれた布団の上におかっぱ頭と思われる女の子が立っていて自分を見下していて、ニヤッと笑った気がした。思わず自分は、びっくりするやら怖いやらで「わおっ」と声に出してしまう。それで目が覚めた。
変な夢を見るもんだ、と思ったけれど、実は、なんとなく兆候というか、寝る前に何かしら女性のするどい視線を感じた気がしたんだよなぁ。自分の今までのパターンからすると、寝る直前に気になっていたことが夢に出てくることが多いから、そのせいだろうと解釈するのが自然かなと思う。その少女は、何も言葉を発しなかったし、暗くてよく見えなかったので、具体的に描写することは出来ないんだけれど、感じとしては「じゃりン子チエG」に出てくる主人公のチエという女の子に似ていた気がする。
自分が興味深く思ったのは、声に出すほどびっくりして実際にそれで目が覚めてしまうという夢であったんだけど、夢の映像を作り出しているのは、ほかならぬ自分である。自分の脳みそが作り出す映像だ。だから夢のシナリオは、自分が書いているということになる。押入れを開けたら少女が見下していて、びっくりするという「オチ」は自分が脳内で書いたものだ。自分で書いたシナリオに自分自身がびっくりしたということになるんだけれど、じゃそのシナリオはいつ作り出されたのだろうか?
普通に考えると、自分はオチを知らなかったわけで(だからびっくりした)、その点を鑑みれば、夢というものは脳内でリアルタイムで紡ぎだされていたと考えるのが自然に思える。だがそうでない可能性だってあるだろう。予めシナリオ自体は出来上がっていて、それを順次、脳内で再生していただけかもしれない。その場合は、夢に出てくる「自分」は、そのシナリオの展開は知らないけれど、いわゆる潜在意識と言われる無意識レベルでは、帰結を「知っていた」ということになるのだろうか。夢が紡ぎだされるタイミング、および潜在意識と自我との関係を突き詰めていくと、頭が混乱しそうになるので今回は深追いはしないでおこう。
潜在意識が、夢の中に出てくる「自分」をびっくりさせたという事実。潜在意識は、何ゆえこのような振る舞いをするのだろうか。種の保存的には、びっくりさせることが夢の中の「自分」にとってプラスに働くからだと考えたいが、実際のところはどうなんだろうねぇ。
そもそも夢に出てくる「自分」とは何者か?
少なくとも自分の場合は、顕在意識で考えれば、これは現実世界に住む「自分」という自我を持った存在と全くの同一だ。夢の中の主人公は常に「自分」だし、常に「自分」目線だ。さらに言えば、時代設定はいつも現代、リアルタイムだ。現実世界の延長として夢を見ることがほとんどだ。自分目線じゃない夢なんて見たためしがない(少なくとも記憶上は)。胡蝶の夢Gみたいに自分という自我がフワフワと乖離あるいは融合してしまう現象は面白そうであるが、まだないなぁ。この辺りは、個人差がありそうなことろだ。多様性は、種にとって大いなるアドバンテージなので、きっと人それぞれ色んな「自分」が存在するのだろう。
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